そんな定理や公式があるのなら、ぜひ教えてもらいたい。
お金をどう増やすか。どう守るか。そして、どうすれば不安に振り回されずに済むのか。
私自身、長い間、その答えを探し続けてきた一人である。
もっとも、私の投資歴など、決して人様に自慢できるものではない。むしろ、失敗と後悔の連続だったと言った方が正確だろう。
定期預金から始まった私の投資人生
若い頃の私は、投資についてほとんど勉強していなかった。
余剰資金があれば定期預金。それが私の基本スタイルだった。元本が減る心配もなく、利息もつく。実に分かりやすい。
ところが、2000年代に入った頃だったか、「グローバル・ソブリン・オープンという投資信託が良いらしい」という話を耳にした。
何がどう良いのか。どのような仕組みで運用され、どのようなリスクがあるのか。そんなことはろくに調べもしなかった。
そして、あろうことか、手持ちの資金をほとんどつぎ込んでしまったのである。
結果はどうだったか。
あっという間に元本割れ。
いやはや、肝を冷やした。
幸い、その後の市場の回復によって何とか元本を取り戻すことはできたが、今から考えると、投資というより、ほとんど運任せの行動だった。
金融商品を理解せずに有り金を投じる。これほど危なっかしいこともない。
しかし、当時の私は、その程度の投資家だったのである。
退職金も自分で運用する時代へ
思えば、私たちの世代は、企業年金や退職金制度が大きく変わっていく時代を経験した。
バブル崩壊後、株式市場の低迷や低金利によって企業年金の運用環境は悪化した。
そこに会計基準の変化が重なる。
2000年から導入された新しい退職給付会計によって、企業は将来の退職給付に関する債務や年金資産の状況を、従来より明確に財務諸表へ反映する必要が生じた。
企業にとって、これは大きな問題だった。
従業員に将来支払う退職金や年金の負担が、企業経営の重大な課題として浮かび上がってきたのである。
こうした環境の中で、2001年には日本でも確定拠出年金制度、いわゆる日本版401(k)が始まった。
従来型の確定給付制度では、基本的に将来の給付額を約束する。一方、確定拠出制度では、拠出する掛金を定め、その後の運用成果によって将来受け取る金額が変わる。
もちろん、すべての企業が一斉に制度を切り替えたわけではない。しかし、企業年金の運用リスクの一部を、従業員自身が引き受ける方向へと選択肢が広がったことは確かだった。
ところが、当時の私たちに十分な金融知識があったかといえば、甚だ心もとない。
周囲を見渡しても、確定拠出年金の資金を定期預金に置きっぱなしという人は少なくなかった。
私自身も含めて、資産運用の重要性を十分に理解していたとは言い難い。
そのうち、投資信託、インデックス投資、ドルコスト平均法などという言葉が盛んに聞かれるようになった。
日本株式に連動するもの、米国株式に連動するもの。さまざまな商品が紹介され、本屋にも投資指南書が並んだ。
私も何冊か読んでみた。
しかし、どうもいつも後手に回っているような気がする。
世の中で何かが流行り始めてから、ようやく勉強を始めるのである。
春が来た頃には、もう遅い
そして2008年、リーマンショックが起きた。
それまで株式市場の好調さに惹かれ、定期預金から投資信託へ資金を移した人たちは、さぞ肝を冷やしたことだろう。
市場が大きく下落すると、今度は怖くなって定期預金に戻りたくなる。
ところが、しばらくすると株式市場は回復し、2012年末以降のアベノミクス、そして近年のAI関連企業への期待などを背景に、再び株式投資への関心が高まった。
最近では「サナエミクス」という言葉まで登場し、政治や経済政策への期待が相場を動かす材料として語られる。
すると、定期預金に資金を置いている人間は、今度は落ち着かなくなる。
「ああ、また乗り遅れたか」
そう思って投資信託を買い始める。
ところが、今度はAIバブルへの懸念だの、株価の割高感だのという話が聞こえてくる。
市場が不安定になると、また心配になる。
何とも忙しい話ではないか。
春が来たと聞いて出かけてみれば、もう花は散っている。嵐が来ると聞いて逃げ出した頃には、すでに青空が広がっている。
私の投資人生は、どうもそんなことの繰り返しだったように思う。
しかし、今になって気づいた。
根本的に間違っていたのである。
市場を知る前に、自分を知る
何が間違っていたのか。
投資に対する明確な時間軸を持っていなかったこと。そして、自分がどこまで損失に耐えられる人間なのか、十分に理解していなかったことだ。
株価が上がれば欲が出る。下がれば怖くなる。
結局、市場の動きに自分の行動を支配されていたのである。
では、どうすればよいのか。
私はまず、自分という人間をよく分析することから始めるべきだと思う。
臆病者なのか、一攫千金を狙うつわものなのか。
短気で激情型の人間なのか。それとも、何が起きても慌てず騒がず、冷静沈着でいられる人間なのか。
そして、今いくつで、これから何年くらい資産を運用するつもりなのか。いつ、何のためにお金を使うのか。
私の場合はどうか。
残念ながら、こと投資に関しては、臆病で、短気で、少々激情型でもある。
つまり、安定重視の運用が一番性に合っているのである。
しかし、だからといって定期預金一本では、資産を増やす機会を逃してしまう。
そこで考えた。
定期預金か、投資信託か。
そんな二者択一で考える必要など、そもそもないのではないか。
臆病者のポートフォリオ
こうして、私は自分なりの資産ポートフォリオを組み立てることにした。
中心となるのは、比較的金利条件の良いネット銀行などの定期預金。
そこに、金利の変化に応じて適用利率が見直される個人向け国債の変動10年型を加える。
さらに、信用力や発行条件を確認したうえで、5年程度の社債も組み入れる。社債は国債より高い利回りを期待できる場合があるが、発行企業の経営状態によっては元本や利息が支払われないリスクもある。
そして、生命保険会社が販売する一時払いの貯蓄型保険も選択肢に加えた。
一定期間保有することで所定の満期保険金を受け取れる商品である。ただし、利回りや保証の内容は契約によって異なり、途中解約では元本を下回ることもある。保険会社の信用リスクや税金も考慮しなければならない。
要するに、名前だけで安全だと思い込まないことだ。
こうした資産を組み合わせ、全体の7割から8割程度を比較的安定した運用に振り向ける。
ただ、それでも株式市場は気になる。
人間とは、実に勝手な生き物である。
そこで、余裕資金の一部を使って、毎月一定額を株式インデックス型の投資信託に積み立てることにした。
日本株式のTOPIXに連動する投資信託を6割、米国株式のS&P500に連動する投資信託を4割。
これは株式投資部分の内訳であり、資産全体の比率ではない。
日本と米国に分けたからといって、株式市場全体の下落を避けられるわけではないし、米国株式には為替変動の影響もある。しかし、個別企業の株式に集中するより、幅広い企業に分散する方法を私は選んだ。
そして、今後5年ほどをかけて、資産全体をおおむね次のような割合にしていくことを考えている。
- 定期預金:30%
- 国債:20%
- 社債:10%
- 貯蓄型保険:20%
- 株式投資信託:20%
もちろん、これは私自身の年齢、生活設計、性格、資産状況を前提とした個人的な目標配分であり、誰にでも適した黄金比率などではない。
市場環境や商品の条件が変われば、見直すこともあるだろう。
それでも、私にとってはなかなか居心地のよい組み合わせなのである。
なぜか。
株式市場が上がれば、投資信託の値上がりを見て、適度にほくほくできる。
逆に株式市場が不調になれば、「まあ、俺は堅実運用が中心だからね」と、少々ほくそ笑むこともできる。
何という総花的な、オフセットモデルの投資方法だろう。
投資効率だけを追求する人から見れば、何とも感心しないやり方かもしれない。
しかし、私はこれでよいと思っている。
大切なのは、他人がうらやむ運用成績を残すことではない。自分自身が納得し、後悔せずに続けられることなのだ。
これから投資を始めるあなたへ
さて、ここからは、これから長い人生を歩む若い人たちへの私なりの助言である。
まず、一つの基本的な考え方を持ってほしい。
人類が活動を続ける限り、紆余曲折はあっても、長い目で見れば技術や社会は進歩し、新しい価値が生み出されていく。
私はそう信じている。
ただし、人類の進歩が、そのまま特定の国や企業の株価上昇を保証するわけではない。
だからこそ、一つの銘柄にすべてを賭けるのではなく、多くの企業に分散して投資するという考え方が重要になる。
例えば、日本のTOPIXや米国のS&P500に連動する、低コストのインデックス型投資信託は、そのための選択肢となるだろう。
もちろん、日本と米国だけが世界ではない。より広く世界の株式市場へ分散する方法もある。
大切なのは、自分が何に投資しているのかを理解し、無理のない金額で、長い時間をかけて積み立てていくことだ。
そして、もう一つ。
一喜一憂しないこと。
株式市場が暴落したとしても、苦しんでいるのはあなただけではない。
世界中の投資家が、同じように頭を抱えているのである。
もちろん、それで損失が消えるわけではない。しかし、生活に必要なお金まで投じていなければ、慌てて売却せずに済む可能性は高まる。
楽観主義とは、何も考えずに大丈夫だと信じ込むことではない。
悪い事態も想定し、そのうえで落ち着いて行動できるよう準備しておくことだと私は思う。
さらに、将来、持ち家を購入したいと考えているなら、その目標も資産形成の計画に組み込むとよい。
株式投資で得た利益の一部を、住宅購入のための資金として確保する。
ただし、株価の天井を当てようとする必要はない。住宅購入が近づいたら、必要な資金を計画的に現金化していく方が現実的だろう。
持ち家には維持費もかかるし、価格が下がる可能性もある。それでも、長く暮らす場所を自分で確保することには、投資収益だけでは測れない価値がある。
そして、残りの資産については、自分の性格と生活設計に合わせ、定期預金、国債、社債、その他の金融商品を慎重に組み合わせていけばよい。
ここで何より重要なのは、勉強することである。
金融商品にはそれぞれ仕組みがあり、手数料があり、リスクがある。
名前が難しいからといって敬遠する必要はない。しかし、名前が立派だからといって信用してもいけない。
書籍や経済誌、信頼できる公的機関の情報などを活用して、少しずつお金に詳しくなっていこう。
この時代、金融知識の不足は、思わぬ損失につながりかねないのだから。
不安な時代だからこそ
よく考えてみてほしい。
私が学生だった頃、もし適切な金融教育を受けていたらどうだっただろう。
資産運用の時間軸、複利の効果、分散投資、リスク許容度。
そうした基本を若いうちに理解していれば、もっと余裕を持って資産を形成できたかもしれない。
少なくとも、グローバル・ソブリン・オープンに手持ちの資金をほとんどつぎ込むような無謀な真似は、しなかっただろう。
もっとも、過去を悔やんでも仕方がない。
私には私の時代があり、失敗があり、そこから学んだことがある。
そして、若いあなたには、これからの時間がある。
その時間こそが、何よりも大きな財産なのだ。
今は不安な時代だと言われる。
物価は上がり、金利は動き、株式市場は揺れ、AIの進化は経済や仕事のあり方さえ変えようとしている。
しかし、私は思う。
不安な時代だからこそ、学ぶ人と学ばない人、自分の頭で考える人と周囲の空気に流される人の違いが、これまで以上に大きな意味を持つのではないか。
若いあなたが、今から熱心に学び、自分に合った方法で資産形成を続けていけば、可能性はまだまだ広がっている。
もちろん、未来の相場を正確に予測できる人などいない。
そんな錬金術が本当にあるのなら、私の方こそ教えてもらいたいくらいだ。
だが、長い失敗の末に、私にも一つだけ分かったことがある。
不安な時代の錬金術とは、相場の未来を当てる技術ではない。
自分を知り、時間を味方につけ、学び続けながら、不安に支配されずに生きるための知恵なのだ。
そんなふうに考えると、これからの時代も、なかなか捨てたものではないと思うのである。
